おせち料理の由来、歴史、意味とは

おせち料理の由来、歴史、意味とは

おせち料理の由来、歴史は、日本人が米を作り農業を盛んに始めた頃からで、
その歴史は弥生文化の時代、紀元前2〜3世紀に始まります。

 

当時の人々は四季折々に収穫される産物の喜びを、神に感謝することによって、
単調になりがちな生活に節目をつけました。

 

この季節の節が「節」である。
この季節の節に収穫物を神に供える。
これを「節供」という。供えたものを料理して、豊作、大漁を願い、
自然の恵みに感謝して食べる料理を「節供料理」、

 

これがおせち料理の始まりです。
節の行事は中国から渡来したもので、当時は宮中を中心に節会の行事が盛んに行われた。
そのとき出される料理のことを「節会料理」すなわち「おせち料理」のことである。

 

奈良時代に入り、中国からの渡来文化の影響を受けながら宮中で、
邪気払いや不老長寿の祈願行事として、「節会」というかたちになってくるのが平安時代である。

 

この節会には、陰暦正月七日(人日)、三月三日(上日)、五月五日(端午)、
七月七日(七夕)、九月九日(重陽)とある。この節日を五節句(ごせっく)といって
祝膳を神に供えたのである。

 

一年のうちに五回ある節句「人日」(一月七日)、「上巳」(三月三日)、「端午」(五月五日)、
「七夕」(七月七日)、「重陽」(九月九日)の際、神様へのお供え料理として作られたものが、
いつしか一番盛大に祝うお正月料理だけをさして、「おせち料理」と呼ばれるようになりました。

 

時代とともに民間の行事として広まり、供え物をするということではなく、
季節の催しとして次第に盛んに行われるようになった。
特にお正月は、新しい年を迎える代表的な節でもあり、
いつの間にかお正月だけを「おせち料理」と呼ぶようになりました。

 

一年間の豊かな実りや家族の安泰、子孫繁栄など、
様々な願いがそれぞれの料理に込められ、供えられます。
そして新年が明けるとそのお下がりを皆でいただくのが習わしとなり、日本の伝統として伝わっています。